2019/03/11 09:04

私がお土産品を作り始めたのは、今から50年前。

えっえっと思われたかもしれません。
実は、私の母がはじめた会社(昭和43年創業)で私も内職をしました。まだ小学校に入るか入らないかの頃。
お人形の頭に被せる「兜」を和紙で一つ一つ折ったのです。
小さな手ですから、人形サイズにはぴったりということで、毎日遊びながら折りました。

上田市はもともと養蚕業で栄えた町で、市内に上田蚕種協同組合があります。ここでは、お蚕さんの卵をとること、品種改良などをして、県内や県外の養蚕を進めています。近くにある信州大学繊維学部はこの上田蚕種と共同で糸の研究をしてきました。
そして、実は、「繭」は蚕蛾を傷つけないように取り出すため、切られてしまいます。(切りぶの繭と呼ばれます)

こうすると、今度は製糸業には使えなくなってしまうのです。
当時の母は、このきりぶの繭を譲ってもらってお人形作りをはじめました。
オイルショック後の高度経済成長期に入ったばかりの頃、女性ばかりの会社で内職さんたちも女性ばかり。
女性の社会進出が進み、ドライブインができ、みんなが旅行に行くようになりました。
そのお土産品づくりを始めたのです。

繭を染粉で染めて、起き上がりになるように、中に鉛を入れてあります。
高さ3cmほどの小さなお雛様です。